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彼女は黒の世界にいる。
どこを見ても暗いというより黒く、自分が今何をしているのか、どこに立っているのか、あるいは座っているのか、動いているのか、彼女にはわからない。
彼女の目には光が写らない。
彼女は目が見えない。
光どころか、感触もにおいもない。
彼女は生まれつきそれらを持っていないので、それがどんなに重要なものかも分からない。
彼女に与えられたものは、音と意識だけだ。
彼女は体を動かそうとしたが、どうやって動かせばよいかわからなかった。
脳にどんな命令をすれば動くのか。
とりあえず、動け、と脳に伝えてみた。
石に触れた時のような、ざり、という音がすぐ近くで聞こえた。
どこが動いたのだろう。立ってるとしたら、足か。寝てるかもしれない。だとしたら、頭か。
とにかく、石畳のようなところに居るのは確かだ。
布と布をこすり合わせるような音がした。
誰かが彼女に触れたのか。あるいは蹴られたか、殴られたか。
「何してんの」
女の声がした。
彼女はなんとか「あなたは」と似たような言葉を発した。
「僕?僕は…」
そこから先、彼女の記憶は無い。